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第665号 2014(H26) .10発行

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農業と科学 平成26年10月

本号の内容

 

 

水稲育苗箱窒素全量施肥における
出芽時の処理や施肥位置が苗質に与える影響

鳥取県農業試験場 環境研究室
室長 坂東 悟

Introduction

 水稲育苗箱窒素全量施肥(以下,苗箱全量施肥)を実践した人の中で「栽培年により苗丈が長い上に根張りが悪く,田植え時の取扱いに苦労することがある」と感じた人がおられるのではないだろうか。また,その原因を漠然とその年の気象や水管理等に落ち着かせ「苗箱全量施肥とはそのようなもの」と半ば諦め受け入れてきた人も多いのではないだろうか。
 私自身,農家からそのような相談を受けたときに,育苗時の気温や水管理などに理由を求め聞き取りを行っていたが,必ずしも明確な回答が出せず,煩悶とした気持ちを残して相談を終えることが少なからずあった。そこで,苗の根張りが悪いなど苗質を低下させている原因を明確にするため,出芽時の温度管理や施肥方法が苗質に与える影響について検討を行い,最適な出芽条件や施肥位置などの知見を得たので紹介する。

2. Methods

 処理概要を表1に示す。

 因子として施肥法,育苗器温度,育苗器処理時間を設定し,それぞれ3水準で試験を行った。
 床土上および箱底処理での施肥は,苗箱全量施肥専用肥料である「苗箱まかせ」シリーズの中で100タイプ(N400-100)と120タイプ(N400-120)を重量比2:1で混合したものを,育苗箱1箱あたり1.2kg用いた。育苗箱は深さ28mmの稚苗用育苗箱(Kubota DK-3)を使用した。覆土は,全ての処理区で肥料を添加していない専用土を厚さ約9mmで行った。床土は,床土上処理および箱底処理では覆土と同じものを,慣行処理では窒素,リン酸,加里を育苗箱一箱あたり1.1g,1.4g,1.3g添加した専用土を使用した。供試品種にきぬむすめ(鳥取では中生品種)を用いた。播種量は催芽種子を箱あたり160gとした。育苗器による加温処理は播種直後から行い,加温処理後,露地に出し24時間寒冷紗で覆い緑化処理を行った。潅水は午前8時から2~3時間おきに一日あたり4回実施した。播種は2013年5月21日に,調査は6月12日(播種22日後)に行った。

 調査項目は草丈,葉齢,マット強度,苗重,葉色とし,葉齢は不完全葉を除いた値とした。マット強度はプッシュプルゲージ(日本計測システムズ,AN-100)を用い,5cm幅に切断した苗を引っぱり,破断した値とした。苗重は地上部乾物重とした。葉色は水稲用葉色カラースケール(富士平工業)を用いた。
 また,播種後の経過日数と苗の生育との関係を把握するために,上記調査日に加え,6月26日(播種36日後)に育苗器温度30℃,72時間処理の苗について草丈,葉齢,苗重の調査を行った。

3. results

(1)草丈は育苗器の処理時間が長いほど長くなった。処理温度による草丈の違いは判然としなかった。施肥法別の比較では30℃および32℃の114時間処理において慣行が床土上,箱底処理に比べ草丈が高くなったが,他の処理間では判然としなかった(図1)。草丈は育苗器処理の積算温度との関係において1次式で示される強い相関が観察された(図2)。

(2)葉齢は慣行に比べ床士上,箱底処理が大きかった。育苗器の処理時間が長いほど葉齢が小さい傾向を示した。処理温度との関係は判然としなかった(図3)。

(3)マット強度は慣行が床土上および箱底処理に比べ高くなった。床土上および箱底処理において114時間処理は48時間,72時間処理に比べ明らかにマット強度は低下した。床土上および箱底処理において28℃または30℃の72時間処理が総じてマット強度が高く, 移植時に苗の取り扱いの目安である1.5N/cmを大きく超えた。床土上と箱底の比較においては,箱底処理でマット強度が高い傾向を示した(図4)。

(4)苗重は施肥法,育苗器温度,育苗器処理時間の処理に対していずれも一定の傾向は見られなかった(図5)。

(5)葉色は慣行に比べ床土上および箱底処理が濃くなった。また,育苗器48時間処理が72時間,114時間処理に比べ濃くなった(図6)。

(6)播種22日後と36日後の比較において,22日後では各処理聞に有意差が認められなかった草丈,苗重が36日後では床土上および箱底処理が慣行を上回った。葉齢は床土上および箱底処理と慣行との差が大きくなった(表2) 。

4.この試験でわかった育苗の留意点

(1)出芽の温度は28~30℃,処理時間は72時間が最適

 上記の最適な処理を行った直後の覆土(覆土厚9mm)から出ている芽の長さは,概ね5~10mmであり,個体の中にはまだ覆土から芽が出ていないものもあった。このような出芽の状態は農家によっては多少の物足りなさを感じるかもしれない。しかし,これ以上出芽処理を行うと草丈の伸長とマット強度の低下を招く。特に苗箱全量施肥の場合,慣行苗と比べマット強度に余裕がなく,出芽時の処理を誤ると必要なマット強度が得られず田植え作業に支障を来してしまう。上記の最適な処理条件は加温器を用いた場合であるが,積重ね法や平置き法でも同様に,出芽処理を進め過ぎるとマット強度等に問題を抱えてしまうと推測される。周辺環境に影響を受けやすい方法では出芽の状況をこまめに観測することが肝要であろう。また,均質な出芽を得るには催芽の行程が重要である。昔からイネ作りは「苗半作」と言われるが,苗箱全量施肥においては半分より少々割合が高いと心得た作業が求められる。

(2)施肥位置は箱底に

 苗質の良否を判断する際に,もっとも考慮すべき項目がマット強度ではないだろうか。なぜなら十分なマット強度が得られなければ,田植え作業が滞ってしまうからである。このマット強度を基準に判断すると,施肥位置は従来の床土上処理よりも箱底処理の方が高い強度が得られやすいことから,苗箱全量施肥法の施肥位置は箱底施肥が望ましいと考えられる。この理由として箱底施肥は籾直下に床土があり,発根と同時に毛根が伸長し易く早く根絡みしやすい環境にあることが考えられるが,今後の検証が必要である。

(3)苗箱全量施肥の苗はぐんぐん伸びる。移植時期を考慮し,播種目を設定する。

 当たり前の話であるが,苗は時間とともに生長する。ただし,ある時期から慣行苗の生育速度が鈍るのに対し,苗箱全量施肥の苗はさほど鈍化せず生長を続けるようである。これは育苗期間中,わずかながら苗箱まかせから窒素が供給されているために,苗の栄養状態が改善されるためと考えられる。この特徴が,苗箱全量施肥の苗は「草丈が伸びやすい」といった認識につながると思われる。丈が長すぎる苗を作らないためには,出芽処理の積算温度を抑えることと,計画的に播種時期を設定することが大切と考える。

5.最後に

 苗箱全量施肥の育苗は決して難しい技術ではない。特別なやり方や肥料以外の特殊な資材を要求する技術でもない。ただ,いくつかのポイントを押さえた育苗が求められるようである。そのポイントは慣行育苗においても共通するが,苗箱全量施肥においては慣行に比べ床土量が少ないために冗長性が低く,ポイントがずれた場合の影響が大きいのである。重なるが,ポイントを押さえた作業は決して難しいものではない。十分な潅水と前述の育苗の留意点を押さえ,苗箱全量施肥の省力,低コスト,生育の均質さなどのメリットを享受していただきたい。

 

 

<産地レポート>

長野県における被覆窒素肥料の普及について

ジェイカムアグリ(株)「農業と科学」編集部

1.長野県の農業概況について

 長野県は面積が広く,東西南北で気候風土が異なっている。耕地面積は約11万haの耕地面積(田約5.5万ha,畑約5.5ha)で,さまざまな標高に応じた農業が営まれている。農家戸数は11万7千戸余りで全国一位である(平成22年)。農産物としては,水稲をはじめ,野菜,果樹,花,きのこ等,収穫量が全国有数の品目が多い。
 水稲は,10a当り収量が632kg,一等米比率が96%で,共に全国一位である(全国平均=収量539kg,一等米比率79.6%:平成25年度)。野菜の収穫量では,レタス,セルリー,パセリ,加工用トマト,水わさびが全国一位,はくさい,アスパラガスが全国第二位である。

2.全農長野県本部の生産資材の取組み

 全農長野県本部では,県内の地域ごとに異なった気候や土壌,作物に適合したBB肥料の開発,普及をしている(年間約1万点の土壌分析を実施し,そのデータを基に適正施肥,新銘柄開発,普及を推進)。農薬に関しては,適正防除指導等を通じて,安全・安心で持続性の高い農作物づくりに貢献している。合わせて,生産資材価格の低減や省力化に取り組んでいる。また,農業資材,園芸用品専門店「JAファーム」の開発・運営支援も実施している。

3.BB肥料について

 昭和53年に設立されたBB肥料工場(現(株)JAアグリエール長野)において,昭和55年には野菜用肥料として,硝安入りのN552,N262などが新銘柄化された。その後,施肥省力化を目的として,被覆窒素肥料「LPコート®」を配合した新銘柄が水稲,野菜を中心に逐次開発されてきた。

4.被覆窒素肥料の普及と現在の取組み

 現在,LPコート入りのBB肥料として,水稲では「水稲ワンタッチS100」,加工用トマトでは「ジュース用トマト一発肥料」など,水稲,麦,葉物野菜用の全量基肥用肥料が県域,JAオリジナル肥料として銘柄化されている(写真参照)。

 前述のとおり,長野県では異なる気候,土壌,作物,作型などに対応した(=LPコートのタイプや配合割合を変更)JAオリジナル肥料が普及しており,現在の取組みとしては,水稲における高温耐性新品種「風さやか」(長野県育成品種)に適したLPコート入りの水稲基肥一発肥料の開発に向け試験中である。
 最後に,本情報を提供いただいた全農長野県本部生産資材課に御礼申し上げる。

 

 

セル内基肥全量施肥による
4月穫りレタスの施肥低減,省力化の検討

Hyogo Prefectural Agriculture, Forestry and Fisheries Technology Center
Awaji Agricultural Technology Center, Agriculture Department
研究員 中野 伸一

Introduction

 兵庫県淡路地域では,冬期の温暖な気候を活かして,厳寒期~春穫りレタスの栽培が盛んに行われており,その多くはトンネルマルチによる2作穫りの作型である(図1)。施肥は,1作目では緩効性肥料を全量基肥施用しているが,2作目の4月穫りではマルチを張った状態で株間に穴肥を株ごとに施用するため,作業労力が大きい。そこで,肥効調節型肥料を育苗培土に混和するセル内基肥全量施肥による2作目4月穫りレタスの施肥作業の省力化および施肥量低減の可能性を検討した。

2. Testing Method

 試験は2012年度と2013年度の2カ年,淡路農業技術センター内の圃場(水稲跡,細粒黄色土,埴壌土,牛ふん堆肥2t/10a連年施用)において行った。「コンスタント」(ツルタ)を供試品種とし,育苗期間中の肥料の溶出を抑えた野菜専用被覆複合肥料である「育苗じまん2401-80」 (以下,育苗じまん)を基肥として培土に混和するセル内基肥全量施肥を検討した。培土1リットル当たり100~300gの育苗じまんを基肥として,培土に均等に混和後,200穴セルトレイに充填し,播種・育苗した。試験区毎の詳細な施肥量を表1に示す。セル内に基肥として被覆複合肥料を全量混ぜ込むことで,局所施肥による施肥量の低減と施肥作業の省力化を図った。

 耕種概要は表2の通りで,育苗はガラス温室育苗(育苗期間中の液肥施用なし)で行った。畝幅130cm×株間26cm×2条植え(約5,900株/10a)の黒マルチ栽培で,慣行区は無施肥百を定植し定植時に基肥(あさひS634))を6.8g/株,穴肥として施肥した。なお,定植時期は無施肥区を基準にすべて同日に定植した。

3. test results

(1)気象条件

 2012年度は11月~2月が平年に比べ低温で推移したため,育苗期間が長くなり,1作目の収穫及び2作目の定植が例年より1ヶ月程度遅れた。定植後から収穫までの気温は比較的高くなった。2013年度は12月が低温であったため,定植が平年より2週間程度遅れた。その後はほぼ平年並みの気温となったが,2月中旬と3月上旬に再度低温に遭遇した(図2)。

(2)苗の生育

 定植時の苗の生育は2012年度及び2013年度とも同様の傾向を示し,育苗じまんの混和により,徒長し,欠株も増える傾向にあった(図3) 。

 正常株率は無施肥区で最も高くなった。無施肥区と比べ,育苗じまんを混和した区では地上部重が大きく,T/R比は高くなった。葉色を示すSPAD値も育苗じまんの混和量が増えるに従って高くなっていたことから,育苗じまんの混和により,育苗期間中の肥料分の溶出が明らかであった。また,根鉢崩壊率は無施肥区と比べて育苗じまんを混和したほとんどの区で高くなり,窒素の溶出による根の肥料焼けが見られ,混和量が多くなるほど根鉢形成は悪くなった(表3)。

(3)本圃の生育

 いずれの年度においても,結球開始期の最大葉長,最大葉幅,株張,葉色の値は,育面じまん200g区で最も大きく,セル内基肥量が多くなるほど大きくなったが,培土1リットル当たり200gを超えると若干低下する傾向にあった。一方,生葉数,枯死株率についてはセル内基肥量の違いによる一定の傾向はみられず,セル内基肥の濃度障害による生育抑制等は認められなかった(表4)。

(4)収量・品質・収益性

 収量及び品質に関しては,2012年度と2013年度で異なる結果となった。2012年度は,結球重が慣行区対比で120~137%となり,全ての育苗じまん区で上回り,収量もセル内基肥量が多くなるほど増加した。秀品率についても全ての区で94%以上と高く,2L及びL球率も無施肥区を除くすべての区で60%前後であったため,すべての育苗じまん区で慣行区と同等の粗収益が確保でき,育苗じまん100g区で収量と粗収益が最大となった(表5)。
 一方,2013年度は,定植後低温に遭遇し,結球重は慣行区と比べて全ての育苗じまん区で下回り,100g程度の結球重の低下がみられた。育苗じまん区の中では,育苗じまん300g区で、2.8t/10aと最も収量が多かったが,慣行区対比で78.2%と慣行区に劣った。品質に関しては,慣行区のみ秀品率が93%と高かったが,育苗じまん区では肥切れによる結球不良でA品が増加し,秀品率が低下した。また,2L及びL球率も10%以下と低く,育苗じまん区では小玉のまま,結球重が増え,結球緊度が高くなった。その結果,収量としては2012年度と大きく変わらなかったが,秀品率の低下と球のボリューム不足により,販売単価が伸びず,粗収益では2012年度と比べ200~300千円/10a減収する結果となった(表5,図4)。

(5)土壌中硝酸態窒素

 2012年度は12月~2月が低温で推移したため,生育の遅れとレタスビッグベイン病が発生し,生育不良から十分な窒素吸収が行われなかった結果,定植前土壌のNO3-N量は13.6~36.2mg/100gと残肥がかなり多かった。また,2作目定植後から収穫までの気温が比較的高く推移したことで,育苗じまんの溶出が進み,収量及び粗収益は慣行区と同等となり,2作目収穫後土壌のNO3-N残量も多かった(図2,表6)。
 一方,2013年度は12月の低温で, 定植は平年より遅れたものの,生育のバラツキや病害の発生など,前作における影響は少なく,定植前土壌のNO3-N量は3.7~5.6mg/100gと低かった。また,定植後は2月中旬と3月上旬の低温により育苗じまんの溶出が進まず,肥切れの状態となった結果,慣行区と比べ秀品率と2L及びL球率が低下し,慣行区並の収量及び粗収益が得られなかったと考えられる(図2,表6)。

Summary

 以上のことから,2012年度にみられたように,前作の残肥が多く,生育期間中の気温が平年並みであれば慣行区と同等の収量を確保することができた。しかし,2013年度にみられたように,冬期の低温により肥効が安定せず,肥切れ気味となった場合,同等の収量を確保できなかった。セル内基肥全量施肥と慣行施肥を比較した場合,慣行施肥の方が年次変動による球の規格ならびに等級への影響を受けにくく,2作目4月穫りレタスにおいてはセル内基肥全量施肥での安定栽培は難しいことが示唆された。

5. Conclusion

 本試験は,低温期の育苗であったが,窒素の溶出による根の肥料焼けや徒長が目立ち,培土への育苗じまんの混和量が増えるに従って根鉢の形成が悪くなり,苗質は低下する結果となった。また,苗の生育もばらつく傾向にあったことから,できるだけ肥料を傷つけずに,均一に育苗じまんと培土を混和し,セルトレイに充填する必要があると考えられる。
 一方,本圃においては,低温の影響を受け,収量を確保するのに十分な窒素の溶出が得られない年もあった。生育期間が冬期となる本作型では,本圃においてより溶出しやすいタイプの肥料が求められるが,レタスの耐肥性は弱いので,育苗期間中には逆に溶出しないことが条件となる。